2015年2月より日本に帰国しています。
旅の間にお世話になった友人たちに日本を案内したり。
日本にいながらも相変わらず旅心地な日々を過ごしています。
旅日記はまだ続いていますので、たまに覗きにきてください(^_^)


なぜ『リボーンプログラム』は、女子一人旅の参加が92%を占めるのか?

2014年12月14日

大忙しのキプロス最終日 後半

Cyprusキプロスにいられるのは
残念ながら今日まで。

だから最後に、まだ見ていない遺跡を巡ってる。
決して大げさではなく、
本当に数え切れないほどの遺跡がキプロスにはある。

ちゃんと整備され入退場を管理された遺跡もあれば、
世界遺産にも関わらず警備もなんもないとこもある。
IMGP1801.jpg
ここみたいに民家のすぐ隣にあって
発掘が中途半端に終わってるような遺跡もゴロゴロある。

そんな中、カタコンベの遺跡に行ってみた。
IMGP1810.jpg
カタコンベとはキリスト教の地下墓地のこと。

こういう階段を下っていくと中に入れる。
IMGP1812.jpg
地下は空洞というか部屋になってる。

地下と言っても、
上から陽の光が入ってくるような部分は明るい。
IMGP1811.jpg
まるで普通の部屋みたいでしょ?

墓地といっても死体や骸骨が転がってたりはしない。
IMGP1805.jpg
だからあんまり怖くはない。
でも、中が真っ暗で
何があるのか全くわからないとこもある。

実は今回、カタコンベに入っていった時、
めっちゃ怖くて冷や〜っとする体験をしたんだよね。

オレがある階段を降りていった時のこと。
その階段の下の方は真っ暗で、
足元が全く見えないような状況だった。

階段を一歩一歩ゆっくり降りていったら...
ズボッ!て音がしてオレはバランス崩してしまった。
どうにか転ばずに踏ん張れたけど、
両足がヒンヤリ冷たい。

なんと階段の一番下の部分に
雨水が30cmくらい溜まってて
オレはそこに落っこちちゃったんだよね。
水たまりに両足がズッポリ。(泣)
IMGP1815.jpg
短パンだったからよかったものの、靴はビショビショ。
でもまぁ水たまりの中でコケなかっただけマシかも。

まさかキプロスの最終日にこんなことになるなんてね。
明日飛行機に乗ってイタリアに移動するのに!
靴乾くかな〜?
もしかして、カタコンベに入った死者の祟り???

そんなわけないよね!

〜今日の教訓〜
カタコンベに行くときは懐中電灯を持って行こう!!






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大忙しのキプロス最終日 前編

Cyprusキプロス滞在10日目。

ついにキプロス滞在の最終日になってしまった。
IMGP1761.jpg
のどかな海、そして何度も訪れた
パフォスの港ももうちょっとでお別れ。
ちょっと寂しいね。

キプロスって地中海に浮かぶ島国。
地図を見てもらえればわかるけど、
もうちょっと南に行けばもうアフリカで、
北に行けばトルコ、
東に行けばシリアやレバノンなどの中東だ。

そういう地理的な位置も関係して、
日本と比較すると非常に雨が少ない。
特に夏はほとんど降雨ゼロ。

だからなのか、
キプロスってオープンカーをよく目にする。
IMGP1752.jpg
晴れが多けりゃ
屋根なしはやっぱ気持ちいいよな〜〜

キプロスってイギリスに統治されてた過去があるから
日本と同じく右ハンドル。
IMGP1753.jpg
だからレンタカーを借りて走るにはいい国だよ〜

それはともかく、
これまで何度も書いてきたけど
キプロスって遺跡が多い。

実はまだ見てないところがある。
今日が最後だから見に行かないと!!(汗)

ここがまだ見てなかったパフォすの遺跡の一つ。
IMGP1767.jpg
モザイクが残ってるの見えるかな?

古代ローマ時代の遺跡がどどーんと広がっている。
IMGP1763.jpg
奥の方には教会の建物がある。
アギア・キリアキ・クリソポリティッサ教会という
長い歴史を持つ教会なんだそうな。

教会の手前の柱が数本立ってる部分が
4世紀頃にあった教会の建物だったところ。
IMGP1770.jpg
床のモザイクと柱しか残ってないけど、
昔に建てられた教会の方は相当大きかったことが伺える。

これ何だかわかる?
ただの柱っぽいけど...
IMGP1785.jpg
驚くべきことに、
この柱は聖パウロの柱って呼ばれてて、
キリスト教的にはとっても大事な(?)柱らしい。

驚くべきことは他にもある。
なんとここは入場無料。
ただの公園みたいな感じで出入り自由。
世界遺産なのに。(笑)

おそるべしキプロス。
まだまだ色々あるので後半に続く〜(笑x3)



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2014年12月13日

奥が深いぜキプロス!

Cyprusキプロスには遺跡が沢山ある。
ここに来るまでほとんど知らなかったけど。

キプロスに滞在して1週間以上が経過したのに、
まだ見ていない遺跡がある。
だから毎日が遺跡のハシゴだ。

今日の午前中は新石器時代の遺跡だったけど、
これから見るのはキリスト教の教会だ。
IMGP1702.jpg
ここはパフォスから北へ約3km行ったとこにある
Empa villageの中の
Panagia Chryseleousa Churchという教会。
12〜13世紀ごろに作られたらしい。

それにしてもだ〜れもいない。
IMGP1703.jpg
観光客はもちろん、地元の人さえいない。(笑)

一応それなりに有名で重要な教会らしいんだけどね。
IMGP1705.jpg
なんかとも言えない素朴な感じがいい。

有名になりすぎたり人気がありすぎると
雰囲気変わっちゃったりするから、
いつまでもこういう感じでいてほしいな〜

教会を見た後、
今度は別の遺跡に向かった。

ここはTombs of the Kingsと呼ばれる場所で、
簡単に言うと昔の人のお墓。
IMGP1713.jpg
...お墓?広くない???

実はここ、何個もお墓がある。
IMGP1717.jpg
だからめっちゃ広い。

紀元前4世紀から数百年間に渡って作られたお墓だそうで、
この頃の建築様式がよくわかるから
世界遺産に登録されているんだって。
IMGP1730.jpg
すごいよね〜


階段を降りていける場所もある。
IMGP1721.jpg
お墓と思うと気がひけるが、
せっかくだから行ってみる!

地下はまるで迷宮!
IMGP1734.jpg
いろんな横道があって迷っちゃいそうになる。

こんな神殿みたいなところもある。
IMGP1725.jpg
場所によっては立派な柱が立っていて、
神々しい感じがハンパない。

しかも、ここって岩をくりぬいて作ってるらしい。
IMGP1724.jpg
よく掘ったもんだな〜って感心しちゃう。

壁面をじっくり見ると、
ノミの跡がわかる。
IMGP1728.jpg
昔の人たちってホントにすごいな〜

ちなみにここはTombs of the Kingsっていう名前だけど
実際は貴族とかの墓であって、王様の墓ではないらしい。
それでも十分すぎるくらいの規模だけどね!!

それにしてもマジでキプロスって奥が深い!
歴史好きの人なら一ヶ月いても飽きないかもね!!



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キプロスの新石器時代の遺跡を見に行った!

地中海に浮かぶ島国Cyprusキプロス。

ここは場所的にヨーロッパにもアジアにも近いから、
ヨーロッパのキリスト教と
西アジアのイスラム教の文化が接する場所だとも言える。

じゃあ、
キリスト教やイスラム教が生まれる前は何があった?

...知りません...でした。💦


なんとキプロスには、
地元で使われているギリシャ語で
Χοιροκοιτίαヒロキティア、
英語ではChoirokoitia,キロキティアという
新石器時代の遺跡があって、
しかも世界遺産にも登録されてるそうな!

それは絶対に行かねば❗❗❗

ということで、行ってみた。
IMGP1691.jpg
へ?ここが本当に世界遺産のヒロキティアなの?
人が誰もいない...(汗)

ちなみにこの丸い建物は、
新石器時代の人々の住居を復元したもの。
IMGP1694.jpg
中に入れる。

屋内はこんな感じ。
IMGP1695.jpg
結構広い。

内側は直径約4〜5m、高さは2.5m位はありそう。
IMGP1696.jpg
昔の人が描いた絵や
煮炊きをした場所も復元されてる。

復元されている建物の周りには、
当時の住居の基礎部分がそのまま残ってたりもする。
IMGP1692.jpg
ちょっとわかりにくいけど、
写真の手前に見える
切り出された石で作られた円状の部分が基礎だね。

これらは今から9000〜6000年前のものらしい!
IMGP1698.jpg
すごいね〜〜〜
こんなとこがあるなんて

それにしても、この場所にいるのが
オレたち夫婦2人だけっていうのがウケる。
一応、ユネスコの世界遺産だぜ?
いいのかこれで?!

でもまぁ、
実はオレもキプロスにやってきて初めて知ったしな...(苦笑)

いや〜
このブログですでに何度も何度も書いてるけど、
本当に知らないことが沢山あるな〜!


この後、
まだまだキプロスの遺跡巡りが続くよ〜〜〜



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2014年12月12日

分断された首都 その2

Cyprusキプロスの首都Nicosiaニコシアは、
世界でも類を見ない分断された首都だ。

ちなみに分断されているのは首都だけではなく、
実はキプロスという国自体が二つに別れているんだよね。

そして...
キプロスの北側にはトルコ系、
南側はギリシャ系の人々が住んでいる。

トルコ系の人々が住んでいる
北キプロス側のモスクをよく見ると、
国旗が2つ掲げられてる。
IMGP16522.jpg
赤地に白で月と星が描かれているのはトルコの国旗で、
白地に赤い月と星のデザインは北キプロスの国旗。

北キプロスにとってトルコは特別な国だから、
こんな風に国旗が掲げられているんだよね。
IMGP16512.JPG
なぜならトルコは、
北キプロスを国家と認めている唯一の国だからだ。

首都ニコシアの北側でレストランに入れば、
美味しいトルコ料理が食べられる。
IMGP1670.jpg
これはトルコならどこでも食べられる
伝統的な料理ケバブ。
ピラフも添えられてて、正にトルコ料理!って感じだ。

ところで...
このレストランで昼飯を食べていた時、
お店の人にトルコ語で挨拶などをしてみた。

しかし、なんの反応もなかった。
これには少しビックリしたね。
通常トルコでオレたちがトルコ語を使うようなもんなら、
大抵トルコ人は喜ぶし、
なぜトルコ語が話せるの?って不思議がられたりする。

でも、(偶然かもしれないが)ニコシアの北側では
全くなんの反応もなかった。
逆に、外国人であるオレたちとトルコ語を話すことに
ためらいやマイナスの感情があるようにさえ感じた。

なぜだろう?
北キプロスの人々って
トルコ系の住民が多いんじゃなかったっけ?
自分たちの言語を何故積極的に使おうとしないんだろう?

真相はわからない。

でも、ニコシアの北側から南側に戻ってきた後、
現地に住むキプロス人の友達のから話を聞いたことで
少し謎が解けた気がした。

その友達の名前はアレクシア。
IMGP1688.jpg
彼女は自分たちにパフォスの家を貸してくれている方。
普段はパフォスに住んでいるのだが、
今はニコシアに用事があるためここにいる。

それはさておき、
分断されているニコシアおよびキプロスのついて
少し質問してみた。

オレたち:
アレクシアはギリシャ系の人だから
南側に住んでいるわけだけど、
ニコシアの北側(北キプロス)には行ったりするの?

アレクシア:
基本的には行かないわ。
行こうと思えば行けるけど、
今はもうあまり北側には行きたくないの。

オレたち:
どうして?

アレクシア:
私は紛争が起こる前のニコシアを知ってるの。
紛争が勃発した時、
ギリシャ系の住民は北側に住んでいられなくなってしまい
着の身着のままで家を出て南側に逃げたのよ。
だから北側にはギリシャ系の人たちが住んでいた建物が
逃げ出した当時のまま残っていて、
それを見るのが辛いの。
あなたたちもニコシアの北側にいた時、
そういう状態の建物をいくつも見たでしょ?

オレたち:
うん、確かにそういう
人の気配のない店や家を何軒も見かけたよ。
あれはギリシャ系の人々が住んでいた家だったんだね。

アレクシア:
ニコシアの北側には、
仲の良かった友達や親戚の家があったの。
だけど今はそこに誰もいないし、
そのうちの何人かはどこにいるのか、
生きているのかどうかもわからない。
だからもう北側には行きたくないのよね...
この気持ち、わかる?


この時の写真はアレクシアから
ニコシアの話を聞く前だったから
彼女にも笑顔があるけど、
話をしている昔のことを話している間はずっと
とてもとても悲しげな表情だった。


アレクシアから聞いたキプロスの紛争の話は
色々とショックだった。

多分そういった経験をした人は、
キプロスに沢山いるだろう。
それはアレクシアのようなギリシャ系の人に
限った話じゃなくて
トルコ系の人にも山ほどいるだろう。

彼らの心の中に残る悲しい記憶。
たとえ分断が終わり、
南北の行き来が自由にできるようなったとしても、
あの頃にはもう戻れない。

ギリシャ系の人々もトルコ系の人々も、
多くの人はおそらく争いたくなんかなかっただろう。

ニコシアの北側で見かけたたトルコ系の人々が
オレたちに対してトルコ語を使うことを
躊躇しているように見えたのは、
トルコ系であるがゆえに憎悪の対象になってしまうことを
恐れていてたからではないだろうか。

キプロスに住む人々は紛争の経験から、
ギリシャ系トルコ系を問わず
両者ともに心に大きな傷を負ってしまったのだろう。




では何故、争いは起こってしまったのか。

キプロスは元々イギリスの植民地だったのだが、
独立後にギリシャ系住民とトルコ系住民との間で
対立が起きて内戦状態になり、
国は2つに分かれてしまった。

ギリシャ系住民とトルコ系住民の双方に言い分があり、
どちらも正しいしどちらも悪くはない。
一般的に、戦争や内戦、紛争等の原因は
当事者以外の国にあることが多い。

ベトナム戦争やコソボ紛争などがいい例だよね。

だからギリシャ系住民もトルコ系住民も、
どちらも被害者なような気がする。
せつないし、とても悲しい気持ちになる。

オレたち人類は
こういう悲劇を繰り返してはいけないし、
繰り返さないためにも
事実を多くの人に伝えていくべきなのではないだろうか。






だからオレは、自分が見たことを
ずっと伝え続けていきたい。
それが、事実を知った人の務めだと思うから。
オレは小さな人間だけど、
戦争や紛争を止める力につながると信じてるから。






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